路面電車を考える会例会 講演録25

   路面電車から観光を考える

  デザイン総研広島  取締役デザイン部長 山田晃三 
03,10,27
講演日時:2003年10月8日 6:30p.m.〜8:20p.m. .
会場:広島市市民交流プラザ


館主前言:
山田氏は超低床車による顕著なデビュー果たしたGreen Moverの印象的なデザイン を始めとし、その他広島電鉄のbonbusのデザイン、またグッドデザイン賞を受けた広島市新交通システムアストラムの全体デザイン計画等々交通機器のデザイナーとして著名です。私の主観ですが、氏はデザインを機軸とした哲学者です。今回は山田さんより街のデザイン、路面電車のデザインからの視点で広島市の観光を考えることをテーマにお話を伺いました。


山田晃三氏略歴
愛知県立芸術大学卒業
1978年GKインダストリアルデザイン研究所(現GKデザイングループ/代表:栄久庵憲司)入所
1989年、GKとマツダ他の合弁にて設立された、デザイン総研広島に出向・移籍。
広島の新交通システム『アストラムライン』のトータルデザインや広島電鉄の『グリーンムーバー』のデザインにてグッドデザイン通商産業大臣賞を受賞。
広島市立大学、九州芸術工科大学非常勤講師。


山田氏講演要旨

   (挿入作図は全部山田氏制作)


はじめに

  • 日本の都市は、みな画一的である。国土発展のための共通の目標と、共通の手法によってこの広島も大きくなった。観光とは、その都市の「光っているもの」を観ることである。今まで自分が経験したことのない、新しい価値観に出会うことである。
    すでに名所旧跡を団体で巡る観光の時代は過ぎ去った。原爆ドームも宮島もそれだけで人を呼べる時代ではない。広島の観光を考えることは、広島の「光るもの」を発見し、来訪者に感動を与える仕組を考えることである。このまちが誇れるものをデザインしよう。
    海と川と山がこれほどまでにコンパクトにおさまったまちは珍しい。このまちには風景を観ながら移動する楽しみがあるはずだ。目的地と目的地とを繋ぐ、移動のプロセスの中に、新しい観光の価値を生み出すことはできないものだろうか。

ビジターの立場で考える

  • 私はインダストリアルデザイナーで観光は専門外である。ものをデザインするのが専門であるが、都市交通機関として広島市のアストラムの総合デザインとか海外向け新交通のデザインをする機会を得た。このときの視点は単なる交通機関のデザインではなく都市問題も一緒に考えることであった。
  • 今日は、4つの観点から話をするが、都市広島が観光都市を標榜するのならば、ビジターの目でこの都市を観る力を、僕らが持たねばならない。
  • 国土交通省の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」も広島市の「ビジターズ・インダストリー戦略」も、この国を、この街をどう見るかが鍵である。

  • 21世紀が「観光の時代」と言われる背景は、インターネットが世界のあらゆる都市の情報を流動させ、バーチャルな観光が可能になる中、自分の目で、自分の体で体験することの大切さに気付くからである
  • 路面電車もまた、実際に乗ってみないことには理解しづらい。移動することの楽しさを、どのように運んでくれるのか

モビリティについて


  • 鉄道とクルマには相克の歴史がある。クルマは、鉄道に遅れること数十年、20世紀に入り量産されるようになり、輸送の中心であった鉄道は1940年代にその地位をクルマに譲る。米国のモータリゼーションは、政治的にも鉄道を駆逐した。
  • 以後、都市はクルマ中心に作られるようになり、大都市では地上をクルマが、鉄道は地下に潜った。都市は立体化され、今、バリアフリーに追われている。
  • ところが1990年代、欧州のいくつかの都市で、再び鉄道が都市の中心的移動の役割を担い、クルマが鉄道に道を譲ろうとしている。鉄道はライトレールとなり、地上に姿を現した。
  • この40年代と、90年代のふたつの逆転現象には、利便性だけではない共通する大きな秘密が隠されている。40年代のクルマの優位は、「家族の自慢できる乗り物」であったことだ。家族の夢を、自慢というかたちでクルマが描いてくれた。同様に90年代のライトレールは、市民としての誇りを、自慢できるものとして描いてくれた点にある。

  • このストラスブール(仏)のトラムのデザインには、カーデザイナーが参画している。起点駅のシェルター、ランドスケープデザインも見事である。デザインの力が、この街の市民に「自慢」を与えた。

  • 広島の街を走るグリーンムーバー5000系。ドイツシーメンス社の設計であるが、前を走るクルマと比較すると面白い。その外観のクオリティは、クルマにずいぶん近付いた。利便性もさることながら、美しくなくてはひとは「自慢」することができない。
  • これまで鉄道は、近くから見られ、触れられることを拒否し、ひたすら利便性を追求してきた。クルマのようにしっかり、欲望をかき立てるようにデザインすることを忘れていた。


ブランドについて


  • 次に、「ブランド」というキーワードを通して、僕らが目指した「生活の豊かさ」について考えてみたい。都市の豊かさと置き換えてもいい
  • 心理学社アブラハム・マズローは、欲求の5段階というピラミッドを提示し、人間の欲求が、「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「自我欲求」とひとつひとつ階段を上り、その先に「自己実現の欲求」が存在すると指摘した。この時点でひとは満たされるのであると。まさに今の日本は、「自己実現」の難しさに、みな悩んでいるのである
  • 日本人には「ブランド」に対する過った見方がある。
  • 戦後、ゼロからスタートした僕らは、まず誰もが乗れる「パブリカ」をつくった。欲求の3段階め「社会的欲求」が満たされ「自我欲求」へと移り、課長になって「カローラ」に乗った。赤いカローラは日本中が注目した。部長になって「コロナ」に乗った。そのうちに『いつかはクラウン』という、全国民に向けての目標が提示された。
  • 「クラウン」にのっても満たされず「セルシオ」を作った。次は「ベンツ」か。自我欲求は飽くことを知らない欲求である。
  • 「ブランド」に対する過った見方は、ブランドを「上下に並べた」ことである。上に行くほど大きく、優れていると見なした点である。
  • 都市というブランドも同様である。東京を頂点に、村は町を、町は市を、市は政令指定都市を目指し、みな上をみてがんばってきた。


  • ブランドは、縦に並べるものではなく「横に並べる」ものなのである。そこには、相違という上下ではない価値観が存在する。アイデンティティといってもいい。
  • 村の上に町があるのではない。町の上に市があるのでもない。それぞれが自分なりの価値観と誇りをもっていきていればいいのである。マズローのいう「自己実現」とは、こうしたものの見方によって、真の豊かさに出会うことである。観光の価値もここにある

  • ブランディングとは、独自のブランドを育て上げる行為のことである。独自の価値を作り続けることである。
  • モノや場の価値は、「使用価値と交換価値」の二つの価値の組み合わせでできている。ブランドというのはこの交換価値に属している。例えば使用価値は、燃費がどれくらいか、時速がどれくらいか、何人を運べるか、環境に対してどれくらいやさしいか、数字でその価値が表現できる。ところが、交換価値の世界はなかなか評価の基準がない。
  • 非常に合理的なクルマがあったとしても、たとえばアルファロメオというクルマに対抗できる価値というのはなかなかない。これこそ横にしか並べるしかない「相違」の問題である。使用価値はつねに文明の進歩とともに変容するが、交換価値は普遍的な「文化的価値」である。
  • 公共交通は使用価値を追求して来た。文化的側面からの活動を通しての交換価値を高める努力に欠けていた。都市も同様で、使用価値の高い便利で楽に暮らせる街をつくり続けてきた。結果、どの街からも個性が失われた。交換価値は、歴史や伝統、風土や気性を背景に、違いをデザインすることから生まれる。

デザインとは何か

  • 次にデザインの役割について話したい。デザインは、対象とするモノや場の機能を背景として、形態や色彩を生み出す仕事である。しかし、そのプロセスにおいては、「ものがたりをつくる力」が無くてはいいものが生まれない。これをコンセプトという

  • Green Mover は空輸されたのち2ヶ月間を試運転期間として市内を走行したが、完全な覆面を施して走行させた。覆面の状態を「サナギ」と呼び、フィルムを剥がしたのち「蝶」になるという、市民へのプレゼンテーションである。開業前日の脱皮の瞬間は、美しいアオアゲハの誕生の瞬間であった
  • 「サナギから蝶」と言うこの物語りは、TVコマーシャルとともに広報され、「グリーンムーバー」というブランドがデザインされていった

吾郷諒太(あごうりょうた)君4歳のスケッチ)
  • 西広島の駅を起点に走る、小型フィーダーバス「ボンバス」。名前は、BON(良い、優しい)から名付けたものだが響きがいい。なぜか子どもたちが手を振る珍しいバスである。
  • 地域の公民館を中心に、ボンバススケッチ大会や、ボンバスクッキーがつくられ、「ボンバス」は子どもたちを介在として、地域のシンボルとなっている。それを意識してか、運転手のマナーが良く評判である。
  • デザインされた「誇れる」環境が、人々の作法を良い方向にもっていく
  • デザインは、「ひとに優しい」環境をつくるというより、「優しいひと」をつくることに長けている。

ホスピタビリティ

  • 観光を考えるに、最も大切なマインドとなる「ホスピタリティ」について話したい。
  • まず、この街に住む人々に「もてなそう」という心が無くてははじまらない。大切な人に、ほんとに楽しんでもらおうという気持ちがあるかないか。これが観光の原点である
栄久庵憲司著/幕の内弁当の美学
  • かつての日本の生活文化の中には、ひとを迎え、もてなすという作法に優れたものがあった。茶道の世界には、主人が一服の茶で客人を迎え、言葉は少なくとも茶室の空間が、そのしつらえによって客人にメッセージを送っていた。茶は、のどが乾いたから飲むので無く、価値を交換する行為である。
  • 「幕の内弁当」もまた、客人を楽しますに十分なデザインがほどこされている。その地の食材を、目で観て楽しんでもらうために細工が施されている。作法に美しさが伴う。

  • 写真は、平和公園での4コマである。大切なひとを前に、大切な時間を過ごしている。誘ったほうがホスト(主人)で誘われたほうがゲスト(客人)である
  • どこで落ち合うか、どこで食事をするか、どこを歩くか、何から切り出すか。ホストは、ゲストが楽しかったといってくれるように、しっかりとプランする。相手の喜びが自分のそれである

  • 「観光都市」は、観光業者が名所めぐりの計画を立てるというのでは無い。その街に住む人々に、ホストとしての役割が果たせるかどうかで決まるのである。
  • 「今度遊びに行くから」と言われて、自分ならどこへ連れていくか、すぐさまイメージできなくてはならない。著名で、高級なブランドでなくていい、自分の判断でナビゲーションする。わずか4箇所が、客人にとっての「広島のすべて」である。
  • 路面電車はには、地下鉄には無い、移動の楽しさがある。移動しながら、コンパクトな街の様子や人々の暮らし振りが手に取るように分かる。路面電車沿線の隠れた見どころをもっと探し出そう。ホストさえしっかりしていれば、きっとゲストは喜んでくれる。
  • 宮島のほんとうの魅力をみな知らない。満潮の、大潮の時の夕陽に生える姿はたまらなく美しい。ときに雪を被った朱色の見事さに、背筋がぞっとしたことがある。これをつくった人物は、この瞬間のためにつくったに違いない。年に数回、神聖なる宮島に出会うことができる。
  • ふだんの宮島は、俗の世界である。潮干狩りと、孫の手としゃもじには誰も感動しない。大切なひとには、最高の宮島を見せられるように考えてみよう。出合いのプロセスがヒントになると思う。
  • 客が良く来る家は、それなりに部屋は片付き、花が添えられ、もてなしの心が読み取れる。客の来ない部屋が、洗濯物やゴミやモノでいっぱいなのと同じように、この街の汚さにみんな気付いていない。
  • 「観光都市」をめざすことの良さは、街の有り様について、ビジター(客人)の目で、この街を再度見直すことができる点であり、自らがホストとしての優しさを発揮せねばならぬという点である。
  • 路面電車の存在が、ビジターを優しく迎える心につながってくれることを望みたい。